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スイス旅行記4日目 氷河急行とスーパーバス運転手

2009/06/28 22:41
スイス旅行記です。

4日目(5/28)ツェルマット〜アンデルマット〜グリンデルワルト

素晴らしかったツェルマットから、憧れの「氷河急行」でスイス中央部へ。
氷河急行は、ツェルマットとサンモリッツを結んでいますが、中間地点のアンデルマットまで乗車しました。
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車両は、天井まで窓になっているパノラマ車両で、ドリンクや軽食などのサービス(有料)もあります。“急行”とは銘打ってはいるものの、表定速度約30キロでのんびりと進みます。
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スイスらしい風景が車窓に広がります。
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のんびりとした風景のはるか上の方には、時折、4,000メートル級の山々がそびえています。約2時間の乗車で、アンデルマットへ。
ここから、グリンデンワルトまで再びバスで移動になるのですが、このバスの運転手、サミがただ者ではありませんでした。
まずはこちらから

彼は、観光バス運転手なのですが、日本にも来日経験がある実は、世界でも有数のヨーデル歌手でもあったのでした。(実は牧場を経営したり色々肩書があるようです)で、ただの運転手ではなく、サービス精神旺盛。自分のCDを車内で流すは、CDを販売するは、ガイドさんも知らないようなプチポイントなどに寄ってくれたり、とても明るく、楽しいガイドでした。(結構、有名なようで「サミー ヨーデル」などと検索すると色々出てきます)また、いたずら好きで(バス運転手でいたずら好きといのもどうなのかとも思いますけど)、若いわたしたちは、結構いじられました。でも、彼は、本当にプロでした。日本では、なかなかありえませんが、彼の存在で、この旅行が忘れられないものになりました。
予定のフルカ峠が積雪のため通行できなかったので、悪魔の橋とよばれる名所へ寄ってくれました。
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外国のバスは運転が荒いのかな(すいません偏見です)と思いましたが、サミ含めスイスの人は皆上手なようです。こんな道がいたるところにありますが、何事もないように運転します。
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アルトドルフのウィルアムテル像
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アルトドルフの市役所でトイレを借りて、バスに戻ったら、運転手サミが、スイス国旗を振りまくってました。
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ブリエンツ湖を望む。ガイドさんも知らない場所らしく、後から来た日本のツアーバスもつられて停車していました。
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サミのお陰で楽しい1日になりました。そして、アイガーの麓、グリンデルワルトへ到着、翌日は、“Top Of Europe”ユングラウフヨッホです。

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スイス旅行記3日目 ツェルマット滞在 その2

2009/06/25 20:23
3日目(5/27)ツェルマット滞在記 そのA

ここまでのマップです。
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地図をご覧いただけるとわかりますが、山々の標高が普通に4,000メートル級です。ツェルマットは、そんな山々に囲まれた山岳リゾートです。と言っても、日本のリゾート地のようなごちゃごちゃしておらず、こじんまりとした素朴な街です。
そして、前述したように、村の奥には、マッターホルン様が、鎮座ましています。
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宿泊したホテルも、街の中心部から徒歩で10分位離れていたものの、奥にあったお陰で、部屋のテラス!!から、朝も晩もマッターホルンを眺めることができました。
こんな感じで、ビアーも頂戴しながら。。。
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あー幸せ、この景色とともに死んでもよい(ほんと冗談ではなく)と思ったくらいなのでした。

で、一昨日の続きです。
ゴルナーグラート展望台から、再びツェルマットへ戻った後は、昼から自由行動でした。なので、中心部からケーブルカーで3分で登ることができる、『スネガ』と呼ばれる展望台へ。何でもマッターホルンが一番美しく見えるとの情報だったので。
このケーブルカーも地下トンネルの強烈な急斜面。標高1,600メートルから一気に2,200メートルへ。
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到着するとこんな感じです。
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ライゼーという湖が、すぐ傍にあり、そこが絶景らしいとのことで、湖畔まで。
逆さマッターホルンを見れました。
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しかし、この湖、冬のスキー場のトイレのそばのせいか猛烈なハエが発生しており、美しい景色とは別に、ハエとの戦いもあったのでした。
朝にもらったおにぎり弁当を食べて昼寝。マッターホルンを眺めながらの昼寝なぞもう2度と出来ないだろうな…
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夕食もフリーだったので、地球の歩き方を頼りに、街中のレストランでロシティーなるものを食べ、夜のツェルマットを散歩。嫁に言わせると夜にブラブラ歩ける国は珍しいらしい。そういえば、スイスでは、小学生くらいの児童をあまり見かけなったが、夜のツェルマットで初めて見かけたかも。
マッターフィスパ川。氷河の水のせいでミルク色。
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街中も綺麗でした。キリスト教ではないのですが、ヨーロッパの街は教会がほんとマッチする気がします。
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ねずみ返しの倉庫。17世紀のそのまま。まだ使われているものもありました。
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スイスの夏は長い。日本で夕暮れといった感じですが、もうすでに21時30過ぎです。調子に乗ると、結構疲れます。
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訪れたスイスの街で、一番の街でした。
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週刊プロレス購入

2009/06/24 23:30
数年ぶりに購入した。
やはり、先週の週刊プロレスは、ほとんど完売したようです。

それにしても、プロレスは、未だ過去の遺産(よい意味で)で、成り立っているジャンルだなあと、掲載されている選手たちを見て実感。強力な若手が出ないと厳しいですね。
そして、ここ数日、無性に四天王プロレスを見たくなり、TSUTAYAに行ったのですが、全然ありませんでした。実家から、録画したVHSビデオを取りに帰ろうかと、真剣に考えております。
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スイス旅行記3日目 ツェルマット滞在 その1 〜ゴルナーグラート〜ツェルマット

2009/06/21 22:10
色々あったので久し振りになりましたが・・・
ツェルマットはこじんまりとしつつも、スイスらしさが溢れる街でした。長くなるので2回に分けます。

3日目(5/27)その@
ツェルマット〜ゴルナーグラート〜ツェルマット〜スネガ展望台〜ツェルマット


朝は、キリがかかっていたツェルマットから、ゴルグナート登山鉄道で、マッターホルンを拝みに。今回のメインイベントです。
ゴルグナート登山鉄道
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スイスは、セント・バーナード犬の故郷です。そして、スイスでは、鉄道や、レストランなどに犬を同伴?できます。勿論、生まれてからトレーニングを積むらしいのですが。
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ツェルマットを出ると、アプト式で車輪を絡ませ、ぐんぐん高度を増していきます。勾配も半端ありません。
途中までは、ガスの中でしたが、
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登山鉄道の中。イスとイスの間の物体は犬です。
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遂にゴルグナートへ。夏のハイシーズンは、もっと混むそうです。標高3,089メートル。
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本当に素晴らしい展望でした。
雲海の下にツェルマットがあるはず。
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モンテローザとゴルナー氷河
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ガラス?マッターホルン
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ゴルナーグラート駅とマッターホルン
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何かに感謝したくなるほどの絶景でした。
帰りは、再び登山鉄道で。ツェルマットの一駅手前、フィンデルバッハで下車し、ツェルマットからプチハイキング。
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劔岳 点の記

2009/06/20 23:37
を見ました。よく撮影したなーというのが第一印象でした。
ストーリーは、やや淡泊な気がしましたが、それで良いのでしょう。

劔岳、2005年に登りました。早月尾根、劔岳から立山三山を巡りました。上部は、かなり危険な岩場だと言われていますが、鎖や梯子がしっかりとついており、予想以上に登りやすかったです。(天気が良かったせいもあるが)
剣御前小屋からの劔岳
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帰宅して、登山マップを広げたのですが、昔の山人の移動距離は、半端ありませんね。
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週刊プロレス

2009/06/19 23:04
を探しているのですが、駅売店、書店、コンビニ、色々巡りましたが全くありません。もしかして、その前に、廃刊
?(失礼)になったかと思い、ベースボールマガジン社のサイトを見たら、やはり発売されています。
プロレス人気が下火になりつつあり、週刊プロレスの部数も厳しくなっていると言われる中で、彼の死が、プロレスに再び目をむけさせることになっているのは、とても悲劇的です。そして、その一人は、週刊プロレスを探し求める自分なのであります。



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プロレスとは何か?

2009/06/16 23:52
 自分が、小学校4年生の時、当時放映していた、日本テレビのプロレス中継で、みんなが、ロードウォリアーズにはまっていた時から、死ぬほど好きだったヒーローが、長州力だった。そして、長州が、全日本から、新日本プロレスに出場の舞台を移し、宿敵アントニオ猪木を倒してから、高校に入学して、テレビの放映時間が変更になったこともあり、プロレスとは疎遠になった。
 高校になり、同じクラスの奴に、「今の全日本はやばいぜ」と、その言葉に、試験勉強をしながら、当時、日曜日の夜中に放映していた、全日本プロレス中継をみて、度肝を抜かれた。ジャンボ鶴田、スタン・ハンセン、テリー・ゴディら、怪物に対し、その凄さを引き出しながら、身をボロボロにして、今までのプロレスとは明らかに違う、新次元のファイトスタイルで対抗していた、緑を基調としたロングスパッツの選手、彼こそが、三沢光晴であった。
 その当時、将来のエース候補である天龍源一郎など多数の選手が全日本から大量離脱(SWSに)し、全日本プロレスが壊滅の危機に陥っていた。それを、まだ若手にすぎなかった三沢や川田、小橋といった選手たちが、無名の状態から、「これぞプロレス」という、限界ぎりぎりの試合を重ねていた。
 日曜夜、同級の多くが、当時、アイルトン・セナやプロストが競い合っていた、F−1にはまっていたが、自分は、同じ時間、全日本らしい、飾り気のないリングで繰り広げられる試合に、はまった。
 日本最強と呼ばれた、ジャンボ鶴田から初めて、“フェースロック”と呼ばれる関節技で、ギブアップを取った試合は、雑誌で結果を知っていたにもかかわらず、テレビ中継で、おたけびをあげまくり、勝った瞬間は、深夜にも関わらず、ガッツポーズをして、「夜中に何叫んでいるの!」と親に怒られた。
 その後、自分は、プロレス最強論に傾倒して(今も信じている)UWFの流れを組む、RINGSや、そのつながりで、当時、プロ格闘技の道を歩み始めていた正道会館や、キックボクシングなど見たり、自分もするようになって、今も観戦を中心に楽しんでいる。
 「プロレスとは何か?」
 プロレスは、極めてあいまいかつ、不明確なジャンルのため、レスラーや、マスコミ、評論家などが様々な定義づけをしている。理論武装のようなものである。あるものは、フランスの哲学者の言葉を引用したり、他の格闘技の比較優位性を利用したり(自分です)、あるものは、八百長の言葉だけで片付けたりもする。
 自分も、今は、格闘技を中心に観戦するようになったが、プロレスを見たことがない人に、「プロレスとは何か?」と問われれば、間違いなく、「三沢光晴の試合である」と答えていた。それは、今も決してかわることはない。(敬称略)
 
 心よりご冥福をお祈りします。 合掌。                    
 
 三沢光晴
 ウィキペディアhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E6%B2%A2%E5%85%89%E6%99%B4
 
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三沢光晴死去!

2009/06/14 09:50
昨日は、大学の同期との飲み会でした。

で、今朝、パソコンみてネット見たら、三沢光晴死去のニュースが・・・!

プロレスの神がいるのなら、心から恨みます。

ショックなので、今日1日は、プロレスファンの多くがそうするように、喪に服します。
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ヒキガエル

2009/06/11 22:16
今日は、自分の帰りが早く、鶏料理を作って先に食べ終わり、テレビをみていたら、嫁が帰宅。
何故か、庭にまわって来たので、「カエルが玄関にいるぅ〜
玄関を開けたら、ピョコンと、鎮座ましていました。
なかなか、可愛かったので、思わず、カメラを向けてしまいました。

一応、画像をアップしておきます。
(カエルドアップなので、苦手な方は見ないでください。)
http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/008/361/34/N000/000/000/124472611484016216432_IMGP1384.JPG
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スイス旅行記 番外編1 時差と水道水

2009/06/08 17:07
スイス旅行記 番外編1

旅行記は、中休みで、スイス旅行の番外編です。
まず時差と水道水について。

何度も繰り返しになりますが、初の海外旅行ということで、正直インフルエンザよりも(スイスを含めたヨーロッパはテレビ報道も含め誰も話題にしていなかった)時差と水道水がつらいかなと思っていました。
同行者は、アジア・アフリカも含め、あちこち行って色々経験していることもあり、繊細な自分を心配(というか私が具合悪くなると自分が旅行を楽しんでいる状態ではなくなることから)していました。
でも、結果的に何の問題もなし。

まず、時差ですが、日本とスイスの時差は7時間(本来は8時間だがサマータイムなので)。スイスのほうが日本よりも遅いのです。出発が日本時間11時。ジュネーブ到着は、日本から12時間程経過しているものの、現地時間の夕方18時頃。つまり、余分に半日多いイメージです。さすがに、オランダでの乗り継ぎは眠かった(日本では朝起きて翌朝まで起きている状態)ですが、ホテルでぐっすり寝たら、あら不思議、元通りになりました。ツアー同行者で旅慣れしている方に聞いたら、日本より遅い時間の国に行くほうが楽とのこと。確かに。心配していた同行者のほうが、軽い時差ボケになっていました。

で、次に水道水。
基本的に全く問題はありませんでした。ただ、日本と比べてかなり硬度が高い水です。なので、ツアー同行者の多くは、ミネラルウォーターを購入していました。自分たちは、前もって、日本のミネラルウォーターをペットボトルで複数本持って行きましたが、後半は、ホテルの水道水をぐびぐび入れて、飲んでました。ツアー参加者の方には、硬水だと、お腹の調子が悪くなる方もいるようでしたが…。普段から自分は、お腹が緩い(汚くてすいません)しかも、旅行や山登りに行ったり、環境が変わるとかなり影響があるのですが、何故か、食事も含めてスイスでは極めて好調でした。
ちなみに、スイスは、何故か炭酸入りの水も多いです。どうしてなのでしょうか?

ということで、一番不安だった2点は、問題なしでした。

※ランチの時など、飲み物を注文していて、水は別料金なので、いつもワインやらビールを頼んでいたのですが、ツアー最後の夕食時に、ツアー参加者の方から、水道水を頼む場合は、「Tap Water」と頼む方法を聞きました。だったらもっと水道水お願いしたのに・・・


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スイス旅行記2日目 ジュネーヴ〜シャモニー(エギーユ・デュ・ミディ)〜ツェルマット

2009/06/06 17:15
さて、スイス2日目でございます。

2日目(5/26)
ジュネーヴ〜シャモニー(エギーユ・デュ・ミディ)〜ツェルマット


ジュネーヴは、1泊したのみで、観光は全く出来ませんでしたが、ツアーバスの運転手さんが、気を利かせてくれて、レマン湖畔や、国連ヨーロッパ本部などをまわってくれました。
レマン湖
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今日のクライマックスは、ヨーロッパ最高峰モンブランの展望台である、エギーユ・デュ・ミディ。その麓、フランス領シャモニーへ。フランス領といっても、スイスとEU加盟国は、協定によって、国境間の移動が自由で、審査などはありません。外国素人としては、またパスポートにスタンプが増えるかも、なんて思っていましたが、そのままバスであえなく国境通過。でも、これで今回、3カ国を訪問できました。
ジュネーヴから、シャモニーは約2時間弱。シャモニーは、第1回冬季オリンピックが開かれた、由緒ある街。そして、そこからエギーユ・デュ・ミディ展望台、なんと標高3,842メートル!まで、アホみたいな岩壁に作られた、2本のロープウェイを場所によっては、ほぼ垂直に登りながら、約30分程。
見にくいですが、左側の1、2の部分が今回乗ったロープーウェイ。イタリアの国境とも接しています。
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ギザギザのどれかが、展望台。
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それにしてもヨーロッパの人々は本当に凄いことを考えます。シャモニー(約1,000メートル)からいきなり約4,000メートルの世界へ。
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で、こんな感じの素晴らしい眺めだった…はずでしたが
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2本目のロープーウェイを乗り継いでから、雲行きが怪しくなり、頂上に着くころには、雪が降り出し、眺望はほぼゼロに・・・残念。後にはモンブランが広がっているはずでした。
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でも、氷点下で震えながら粘っていたら、何とかヨーロッパ3大北壁を持つもう一つの山、グランド・ジョラスがちらりと…下の氷河が凄い。そういえば、氷河を見たのは初めてでした。(日本にはないので当たり前ですが)
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この展望台、昭和30年頃に完成しています。恐るべし、ヨーロッパ。こんな所に展望台を作ろうとする発想が凄い、というか理解不能。さすが狩猟系の人たちです。はるか下にシャモニーの街が見えます。
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標高3,842メートル、いきなり、富士山頂よりも高いところへ来てしまいました。なので、歩いていても、油断すると息が切れるというか、立ちくらみが・・・(でも、この感覚が結構快感だったりして)
シャモニーでは、スイス料理第一弾、ラクレットを食べました。
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左側は電熱機になっていて、そこで右側のチーズを溶かし、ゆでたジャガイモをつけて食べます。へーと新鮮でしたが、まあ1回だけで良いかも。じゃがいもが、日本のものと違い、硬い感じで新鮮でした。
シャモニーからは、バスで一路、マッターホルンの麓、ツェルマットへ。
その間、スイスの峠を超えて、スイスワインのブドウが取れる、マティーニを通り、ターシュという街へ。ツェルマットは、ガソリン車が乗り入れ禁止なので、ここから、電車に乗り継ぎます。
スイスで電車初乗車。
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15分程、ほどなくして、ツェルマットへ。宿に戻る頃には、雨も止み、マッターホルンが見え始めたのでした。
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(日本の)スキーを複雑にしているものの正体

2009/06/04 22:50
スイス旅行記を始めます…と言いながら、今日は唐突にスキーの話題になります。今回の旅行で感じたことと重なるので。
(かなり長くなってしまいました)

何度もご登場していただいていますが、私のスキーのお師匠さんである【TOK】先生が、本日の日記で「心で滑る」をテーマに、『“スキーでは、感じることは心で滑る...ということになり,考えることは頭で滑る...ということで、“スキー”の目的そのものも考えてみれば,本当は楽しむことが目的...上達はその手段...。非常に“Simple”ですよネ !!!それを複雑にしているのは...さて,誰でしょう? ワッハッハハハ...(^ー^)』と書かれています。

誰でしょう?と言われれば、そりゃ決まっているでしょ、S●J(の一部)じゃないですか?と思わず言いたくもなりますが、ここは謙虚に、我々スキーヤー自身の問題もあるのではと思ってしまいました。

何故かと言うと、スイスに行って(ここで強引にスイス登場)たった6日間でしたが、何か強烈な“個”を感じたからです。(前にも言ったように思い込み多数あり)
壮大で美しいアルプスや、昔からの街並みを旅行しながら、そこにスイスの人たちの自然に対する畏敬の念であったり、感謝であったり、先任達が残した文化などへの誇りなどを、あちこちで感じることが出来ました。多分、その前提には、スイスの人たちのそれぞれの“感じる心”“感性”が豊かであるからだと思われます。また、スイスは、多様な地域性(地理的、歴史的な背景が影響している)があること、2割が外国人定住者という、実は多様性があることもそれを感じる事が出来た要因だとも思います。そのせいか分かりませんが、アルプスでも、街中でも、それぞれのスタイルでレジャーを楽しんだり、生活しているようにも見えました。日本のように、同じような服がたくさんという光景はあまり見られず、個々の人がそれぞれに楽しんでいるように感じられたのです。

で、無理やり話題を戻して、本題の日本のスキーの話です。
日本の私も含めた多くのスキーヤーが、「あの滑り方が流行っているから」「あの滑り方ではないとダメ」というのも、日本の右へ習え的な独特の習慣に根付いているのでしょう。S●Jが「今年はこの滑りが最先端」といったよく分からない流行りものに“洗脳”?され易い国民性の問題だとも言えます(話がデカイ?)
師匠が標榜して、私たちも楽しんでいる、フィーリング・スキーは「感じる」ことを主体にして、雪にゆだねる受動的なもの=Let Skiと言われますが、実は、感じることは物凄く能動的で積極的なもののように思います。つまり、自分の中でそこに「気づき・発見」という主体的なものがないと、感じる事は難しいからです。
「この景色を見れてよかった」「あの斜面を滑れるようになった」「転ばなくなった」「太ってもあまり疲れない省エネ滑走を覚えた」など個々のスキーヤーがそれぞれの楽しみを持っていれば、S●Jが、どんな滑りを推奨しようが、それぞれが取捨選択して、踊らされることなく楽しめるのではないでしょうか?勿論、そこには、役に立つという意味での真の技術論も必要になるでしょうが。

何だかいつものように、脈絡が全くなくなりましたが、つまりスキーを複雑にするかしないかは、自分の楽しみの軸を持っているかいないか、次第なのではとも、思ったのでありました。

スイスアルプスの展望台付近のスキー場跡をトレッキングしたのですが、自然の斜面そのものでした。こんな所で滑りたーいと思わずよだれが出そうになりました。そんなところでは、1つのターンにこだわるのは、本当に意味がなさそうデス。
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全部スキー場になるようです。

(※日本人は右倣えなんて偉そうに言いましたが、実はそんな自分が、ツアー旅行という右倣えそのものの旅行スタイルだったので身も蓋もないありません(-.-)…)
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スイス旅行記1日目 成田〜(アムステルダム)〜ジュネーヴ

2009/06/03 23:51
今日は、約10日ぶりに出勤。現実に戻ってしまいました。

さて、今日からスイス旅行を振り返ってみます。新婚旅行で、初めての外国ということもあったのですが、人生観が変わる程の大きな経験となりました。皆さんは当たり前だと想うことも、全てが新鮮だった・・・ということで、JAROに訴えられてしまう(古い?)位、誇大な表現が出てくる内容だとは思いますが、ご容赦を。。。

1日目(5/25)
成田〜アムステルダム(オランダ)〜ジュネーヴ


11時発に成田発だったので、8時半前には、成田空港へ。成田空港は、2回ほど来たことがあるのですが、出国は初。新型インフルエンザが首都圏でも流行り始めていたので、念のため、マスクを装着して行きました。今回は、ツアーなので、添乗員さんと挨拶して、日本円をスイスフランに両替して、出国手続きをして、いざ出発。全てが新鮮なのでした。
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オランダ(アムステルダム)で乗り継ぎ、そこからスイス(ジュネーヴ)へ。飛行機はKLM。ということで、初めての外国は、オランダだったのでした。
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シベリアを超えて
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アムステルダムまで約12時間のフライト。長かったけど、3列の席に二人掛けだったので、まあまあでした。たぶん、行きでワクワクしていたのもあったのかも。
映画やら、音楽やら、ゲームやらを楽しめる装置があって、久し振りに“テトリス”にはまる。
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初海外のオランダ。オランダと言えば、水車にチューリップ、そして、格闘技大国。ですが、乗り継ぎなので降りることもなく、アムステルダム・スキポール空港をブラブラし終わりました。名物チューリップが売ってました。
この後、アムステルダムからの乗継で、連れの席が思いっきりダブルブッキングしていたりのプチハプニングはあったものの、無事ジュネーブへ到着、翌日から、いよいよスイスの旅が始まります。

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スイスより帰還

2009/06/02 09:52
いたしました。
初日のモンブラン(エ・ギュー・ユ・ドゥ・ミディ)以外は、奇跡の晴れ男振りを発揮して、全て晴れ。
素晴らしい旅でした。
詳細は、また後日・・・。
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スネガ展望台からマッターホルン
いやー良かった。
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